Wellness講座「健康長寿に欠かせない『大腸』」

多くの人が悩まされている便秘や下痢。
大半は大腸の働きが悪くなることが原因ですが、時には大きな病気が隠れている可能性も。
体内に入った食べ物の水分を吸収し便を作る、だけではない大腸の働きや、注意しておきたい主な病気などを学んで、健康な体づくりを目指しましょう。
監修:関西健康・医療創生会議

<教えてくれるのは>

平田結喜緒(ひらた ゆきお) 先生
(公財)兵庫県予防医学協会副会長・健康ライフプラザ健診センター長。前先端医療センター病院長。東京医科歯科大学名誉教授。専門分野は内分泌代謝学、高血圧、分子血管生物学。日本内分泌学会評議員・理事、日本心血管内分泌代謝学会評議員・理事、日本心脈管作動物質学会評議員・理事、日本糖尿病学会評議員、日本高血圧学会評議員などを歴任。

平田結喜緒(ひらた ゆきお) 先生

(公財)兵庫県予防医学協会副会長・健康ライフプラザ健診センター長。前先端医療センター病院長。東京医科歯科大学名誉教授。専門分野は内分泌代謝学、高血圧、分子血管生物学。日本内分泌学会評議員・理事、日本心血管内分泌代謝学会評議員・理事、日本心脈管作動物質学会評議員・理事、日本糖尿病学会評議員、日本高血圧学会評議員などを歴任。

Q.大腸のしくみや、働きについて教えてください。

A.

大腸は小腸につながる約1.6mの管状の消化器官です。盲腸・結腸・直腸からなり、おなかをぐるっとまわる結腸は、上行結腸・横行結腸・下行結腸・S状結腸に分かれます(図1)。小腸で消化吸収されなかった食物の成分(食物残渣(ざんさ))は、結腸で水分やナトリウム、カリウムなどの電解質が吸収されて大便になります。大便はS状結腸や直腸に一時的にためられ、肛門から排泄されます。

大腸にやってきた食物繊維やオリゴ糖などの食物残渣の一部は、腸内細菌によって分解され、酪酸(らくさん)・プロピオン酸・酢酸などの短鎖(たんさ)脂肪酸が作られます。その大部分は大腸で吸収され、エネルギー源として利用されます。

Q.「大腸がん」について教えてください。

A.

「大腸がん」は、日本では女性で1番目、男性では2番目に死亡数※が多いがんで、良性のポリープである腺腫(せんしゅ)ががん化して発生するものと、正常な粘膜から直接発生するものがあります。がんが発生しやすい部位は直腸とS状結腸で、全体の約70%を占めています。早期では自覚症状がほとんどなく、特に結腸のがんは進行しても症状が出にくい傾向があるので注意が必要です。直腸付近のがんは進行すると血便や下血などの症状がみられることがありますが、排便時に出血しても痔のせいだと勘違いして放置するケースも少なくありません。それ以外にも、便が細い、残便感がある、おなかが張るなどの症状、慢性的な出血による貧血、腸が狭くなることで下痢と便秘を繰り返す場合は大腸がんの可能性があるため、早めに消化器科や胃腸科などを受診しましょう。
※厚生労働省「令和4年(2022)人口動態統計(確定数)」

大腸がんは早期に発見・治療すれば、ほぼ完治します。40歳以上の方は年に1回の健診の時に便潜血検査を受けることをおすすめします。便潜血検査が陽性になった場合には、必ず大腸内視鏡による精密検査を受けるようにしてください。また、大腸がんは生活習慣病との関わりが深いとされています。発症リスクとされる喫煙・肥満・肉食(赤肉や加工肉)・飲酒を控え、運動習慣をつけることを心掛けましょう。

Q.「炎症性腸疾患」という病気が増えているそうですが、どんな病気ですか?

A.

「炎症性腸疾患」は、免疫細胞が多く存在する腸管で免疫機構に異常が生じ、腸の正常細胞を攻撃して炎症を起こす病気で、「潰瘍(かいよう)性大腸炎」と「クローン病」の2種類があります。共通して下痢と腹痛の症状があり、腸の炎症が良くなったり(寛解(かんかい))、悪くなったり(再燃)を繰り返します。どちらも比較的若い人に多く、最近増加傾向にあります。またいずれも原因が不明で治療法が確立していないため、国の難病指定を受けています。
潰瘍性大腸炎は、大腸全体に連続して炎症が広がり、びらんや潰瘍ができるため、頻回の下痢や血便が続きます。一方、クローン病は口から肛門までのあちこちの消化管に炎症が起こり、特に小腸に深い潰瘍が生じます。下痢や腹痛、痔の症状のほかに、発熱や貧血、体重減少もしばしばみられます。
治療は薬物療法が中心です。多くの場合、適切な治療を行えば症状は改善しますが、症状がなくなったからといって治療を中断してしまうと再発するため、専門医の指示を守って治療を続けることが大切です。

Q.「過敏性腸症候群」とはどう違うのですか?

A.

「過敏性腸症候群」は、炎症性腸疾患とは違って腸自体に炎症や潰瘍などの異常が認められないのに、腹痛や下痢、便秘を繰り返す病気です。しかし、排便すると症状が治まります。はっきりした原因は不明ですが、ストレスが引き金となっていることが多く、脳と腸管が密接につながっているため(下:COLUMN参照)互いに過剰に反応することが発症に関わっていると考えられます。治療は生活習慣の改善と食事療法が基本ですが、症状に応じて薬物療法も行います。

Q.腸内環境を整えるにはどうすれば良いですか?

A.

人間の腸壁の粘膜には、大腸に約40兆個、小腸に約1兆個もの腸内細菌が生息するといわれています。これら腸内細菌は種類ごとにかたまって群生しているので「腸内フローラ」と呼ばれます。
腸内細菌はミルクを主な栄養源とする乳児では、大腸菌とビフィズス菌が多くの割合を占めますが、離乳食を食べる頃くらいから大人の腸内環境に近づき、幼児期にはほぼ大人と同じになります。ただし、加齢によって腸内細菌は変化し、高齢者ではビフィズス菌が減り、大腸菌やウェルシュ菌などが増えてきます(図2)。

大腸にすむ腸内細菌は「善玉菌」「悪玉菌」「日和見菌」に分けられます。善玉菌(乳酸菌やビフィズス菌など)は腸の運動を促し、おなかの調子を整えます。一方、悪玉菌(ウェルシュ菌や病原性大腸菌、黄色ブドウ球菌など)は腸内で有害物質を作り出します。有害物質が増えると、便秘や下痢の原因になるばかりでなく、腸から吸収されて全身をめぐり、免疫力の低下や肌荒れなどをもたらします。日和見菌は、その名のとおり善玉菌でもなく悪玉菌でもない優勢なほうに加勢する菌のため、なるべく善玉菌が優位な状態にしておくことが大切です。生きた善玉菌である「プロバイオティクス」を含む発酵食品を継続的に摂取するほか、腸内細菌のエサとなるオリゴ糖や食物繊維などの「プレバイオティクス」も積極的に取るようにしてください。食物繊維は整腸効果だけでなく、血糖値上昇の抑制、血液中のコレステロール濃度の低下など、多くの有益な働きがあることが明らかになっています。

\ COLUMN /
脳と腸の意外な関係

ストレスを強く感じるとおなかが痛くなり、便意をもよおすことがあります。これは脳が自律神経を介して腸にストレスの刺激を伝えるからです。逆に、脳で感じる食欲は、消化管から放出されるホルモンが関与することがわかっています。このように、脳と腸が密接に影響を及ぼしあっていることを「脳腸管連関」といいます。

「ディスバイオシス」と病気の関連

健康な人は、腸内フローラの組成やバランスが安定した状態にあり、両者は共生関係にあるといえます。しかし、いくつかの病気の人では、腸内フローラの組成やバランスが乱れて、特定の菌種が多かったり、健康な人にある菌種が欠けたりすることがあります。このような病気に結びつく腸内フローラの異常は「ディスバイオシス」と呼ばれ、大腸がんや炎症性腸疾患、肥満や糖尿病、動脈硬化、アレルギー、アルツハイマー型認知症など、さまざまな病気との関連性が報告されています。

便を移植する!?潰瘍性大腸炎治療の最前線

健康な人の便に含まれる腸内細菌の溶液を、難治性の潰瘍性大腸炎患者の腸内に内視鏡を用いて注入し、移植する「便移植」という新たな治療法が2023年、日本で「先進医療」として承認されました。この治療法は、まず抗生物質で患者の腸内フローラをリセットした上で、健康な人の腸内フローラを移植するものです。便移植で腸内フローラが正常に戻り、症状の改善がみられれば、患者さんには朗報ですね。

Well TOKK vol.33 2024年4月2日発行時の情報です。