Wellness講座「その不調、甲状腺が原因かも!」

イライラ、ほてり、不眠、便秘、むくみ、冷え、だるさ…多くの人が経験したことのある不調。
休養やリフレッシュで解消されれば良いのですが、 生活に支障がある場合、あるいは小さな不調でも長く続いている場合は、医師に相談してみましょう。
もしかしたら、甲状腺の病気が隠れているかもしれません。

<教えてくれるのは>

平田結喜緒(ひらた ゆきお) 先生
(公財)兵庫県予防医学協会副会長・健康ライフプラザ健診センター長。前先端医療センター病院長。東京医科歯科大学名誉教授。専門分野は内分泌代謝学、高血圧、分子血管生物学。日本内分泌学会評議員・理事、日本心血管内分泌代謝学会評議員・理事、日本心脈管作動物質学会評議員・理事、日本糖尿病学会評議員、日本高血圧学会評議員などを歴任。

平田結喜緒(ひらた ゆきお) 先生

(公財)兵庫県予防医学協会副会長・健康ライフプラザ健診センター長。前先端医療センター病院長。東京医科歯科大学名誉教授。専門分野は内分泌代謝学、高血圧、分子血管生物学。日本内分泌学会評議員・理事、日本心血管内分泌代謝学会評議員・理事、日本心脈管作動物質学会評議員・理事、日本糖尿病学会評議員、日本高血圧学会評議員などを歴任。

Q.そもそも甲状腺とは何ですか?

A.

甲状腺は首(のどぼとけの下)にあるチョウが羽を広げたような形をした小さな臓器で、全身の代謝を促進する「甲状腺ホルモン」を分泌しています。

甲状腺ホルモンは、分泌量が多すぎても少なすぎても不調を引き起こします。甲状腺の病気は女性に多く見られ、不妊や早産の原因になることもあるので注意が必要です。
動悸や気分の落ち込みなど症状が多岐にわたるため、疲れや月経周期による体調変化、年齢によっては更年期障害と考えてしまう人もいるのですが、甲状腺の不調が原因であれば治療で症状は改善されます。放置せずに、内分泌・甲状腺を専門とする医療機関の受診をおすすめします。

Q.甲状腺ホルモンの過剰分泌で起こる病気について教えてください。

A.

甲状腺ホルモンが過剰に作られる病気(甲状腺機能亢進症)として代表的なのは「バセドウ病」です。バセドウ病という病名は、この病気を発見したドイツ人医師のバセドウ博士にちなんで名づけられました。国内の患者数の男女比は1:3~5くらいで、20~30歳代の女性に多く見られる病気です。
バセドウ病は自己免疫疾患(細菌やウイルスなどから体を守るための免疫システムが自分の臓器や細胞を刺激・攻撃してしまう病気)のひとつで、甲状腺を刺激する自己抗体が産生されることにより、甲状腺ホルモンの分泌量を増やすスイッチがずっとオンになってしまいます。多すぎる甲状腺ホルモンによって全身の代謝が亢進するため、動悸・ほてり・多汗・イライラ・指の震えといった症状が現れ、食欲が増すのに体重は減少します。また、特徴的な症状として、甲状腺全体が腫れ、眼球の突出が見られる場合もあります。診察では甲状腺の視触診、血中ホルモンの測定、自己抗体の有無、甲状腺超音波(エコー)などの検査を行い、診断します。
治療法には、大きく「薬物療法」「放射線療法」「外科療法」の3つがあります。外来で治療可能な薬物療法が最初に選択され、薬物療法が効かない場合や、副作用(無顆粒球症・薬疹・肝障害など)が出た場合は、放射線療法(放射性ヨウ素内用療法)や外科療法(甲状腺摘除術)を行うことになります。
バセドウ病以外でも甲状腺機能亢進症の症状が出る場合があります。甲状腺がウイルス感染して炎症を起こす「亜急性甲状腺炎」では、発熱・喉の痛み・甲状腺の腫れと痛みが生じます。抗炎症薬(ステロイドなど)を用いることで炎症が治まれば、症状は消失します。また、痛みを伴わない「無痛性甲状腺炎」の場合は治療の必要はなく、安静にしていれば自然に治ります。

Q.甲状腺ホルモンが不足することで起こる病気について教えてください。

A.

甲状腺ホルモンが少なくなる病気で最も多いのは「橋本病」です。甲状腺に慢性の炎症が起こる病気で「慢性甲状腺炎」とも呼ばれます。橋本病という病名は、この病気について最初の論文を発表した日本人医師・橋本博士の名前にちなんだものです。患者の男女比は1:20~30、特に30~40歳代の女性に発症することが多く、臨床症状がない場合も含めると成人女性の10人に1人、男性の40人に1人が橋本病だといわれています。
バセドウ病と同じく自己免疫疾患の一種で、甲状腺を攻撃する自己抗体が産生され慢性的な炎症が生じます。この炎症によって甲状腺組織が少しずつ壊され、甲状腺ホルモンが作られにくくなると「甲状腺機能低下症」となり、全身の代謝が低下します。症状としては無気力・眠気・寒がり・皮膚の乾燥・発汗の減少・嗄声させい(声がれ)・手足や顔の腫れ・緩慢な動作・筋力低下・体重増加などが現れます。
橋本病では、バセドウ病と同様に、甲状腺検査を行い診断します。ほとんどの場合で甲状腺ホルモンの値が正常に保たれているため原則的に治療は必要ありません。しかし、徐々に病状が進行して甲状腺機能低下症になった場合は、甲状腺ホルモンを補充する必要があります。
治療中に、ヨウ素を含む海藻類(昆布、ひじきなど)の取りすぎや、ヨウ素を含むうがい薬を頻回に使うと一時的に甲状腺ホルモンが低下することがありますが、止めれば元に戻るので心配ありません。

\ COLUMN /
ほかにもある甲状腺の病気「甲状腺腫瘍」

バセドウ病や橋本病のほかに、知っておくべき甲状腺の病気として「甲状腺腫瘍」があります。自覚症状はほとんどなく、健康診断の触診で頸部のしこりが見つかったり、超音波検査(エコー)で偶然に発見されたりする場合がほとんどです。
甲状腺腫瘍のほとんどは良性で、経過観察のみで治療の必要はありません。しかし、良性か悪性かの判定には、まず頸部エコー検査を行い、細い針で細胞をとって顕微鏡で検査する穿刺せんし吸引細胞診を行います。
悪性腫瘍(甲状腺がん)と判定された場合も、その大部分は進行が遅く治療後の経過が良い「乳頭がん」です。甲状腺がんの治療法は3つ(手術・放射線・薬物)あり、手術が基本とされていますが、乳頭がんのなかでも特に直径が1cm以下の微小がんの場合は、すぐには手術をせずに経過観察とすることもあります。

甲状腺の病気は遺伝する?

バセドウ病や橋本病は、遺伝的な体質が発病の要因のひとつと考えられていますが、それだけで病気になるわけではありません。ストレスや感染症など何らかのきっかけで発病することもあり、環境要因の影響も大きいと考えられています。身近な家族に患者がいる方も、過度に心配する必要はありません。甲状腺の病気の多くは、適切な治療を受けていれば支障なく日常生活を送ることができます。ただし、バセドウ病は不規則な生活やストレスで病気が悪化することがあるので、なるべくストレスを避けて規則正しい生活を送ることが大切です。治療で症状が消えると病気が治ったと考えてしまいがちですが、勝手に服薬を中断すると病気が増悪しますので、自己判断はせず定期的に通院することが大切です。またタバコを吸っていると、バセドウ病の眼の症状が悪くなるので禁煙が必要です。

甲状腺の病気と妊娠

バセドウ病や橋本病を抱えていても、妊娠・出産は可能です。妊娠中は母体の血中の甲状腺ホルモン量を一定にコントロールすることが重要です。バセドウ病では治療薬の変更や、橋本病ではホルモン補充量の調整が必要な場合がありますので、内分泌・甲状腺専門の医師とよく相談してください。

Well TOKK vol.31 2023年10月3日発行時の情報です。