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Wellness講座「『食欲ホルモン』を味方につけて、食べ過ぎを防ごう」


栗、さつまいも、きのこ、サンマ……おいしい食材が豊富に出まわる秋。食が進んで体重が増えてしまった、という経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか?
しかし、健康のためには体重増加は避けたいところ。食欲をコントロールしているホルモンのことを知って、食べ過ぎに注意しながら秋の味覚を楽しみましょう!
監修:関西健康・医療創生会議

平田結喜緒(ひらた ゆきお) 先生
(公財)兵庫県予防医学協会副会長・健康ライフプラザ健診センター長。前先端医療センター病院長。東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)名誉教授。専門分野は内分泌代謝学、高血圧、分子血管生物学。日本内分泌学会評議員・理事、日本心血管内分泌代謝学会評議員・理事、日本心脈管作動物質学会評議員・理事、日本糖尿病学会評議員、日本高血圧学会評議員などを歴任。
平田結喜緒(ひらた ゆきお) 先生
(公財)兵庫県予防医学協会副会長・健康ライフプラザ健診センター長。前先端医療センター病院長。東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)名誉教授。専門分野は内分泌代謝学、高血圧、分子血管生物学。日本内分泌学会評議員・理事、日本心血管内分泌代謝学会評議員・理事、日本心脈管作動物質学会評議員・理事、日本糖尿病学会評議員、日本高血圧学会評議員などを歴任。
食欲のメカニズム
食欲は脳や消化器、ホルモン、神経などの複雑な連携によって起こる生理現象です。脳の視床下部にある「摂食中枢」と「満腹中枢」によって調節されており、体内のエネルギーが消費されて血糖値が低下し胃が空になり収縮すると、自律神経である内臓神経から“空腹だ”という信号が摂食中枢に伝わって食欲がわきます。逆に胃が食物で満たされ血糖値が上昇すると、今度は“満腹だ”という信号が満腹中枢に送られ、食欲が抑制されます。
では、胃が満たされていれば、摂食中枢はおとなしくしているのかというと、そうではありません。食欲のメカニズムには、様々な“食欲ホルモン”が相互に関連して働いているからです(図)。食欲ホルモンには食欲を促進するものと、抑制するものがあります。ここでは、いくつかの重要な食欲ホルモンを取り上げて解説します。
食欲促進ホルモン
●グレリン
「グレリン」は、胃から分泌されるホルモンで“空腹ホルモン”と呼ばれる場合もあります。食欲ホルモンの中でも唯一、食欲を刺激するホルモンで、短期的な摂食行動をコントロールしています。血糖値が下がり、胃が空になるとグレリンが分泌され、血液中や迷走神経を介して視床下部の弓状核(きゅうじょうかく)に作用して、空腹のシグナルを送ります。すると視床下部の摂食中枢が活性化し、食事をするという行動につながります。また、脳下垂体から成長ホルモンの分泌を促進して、骨や筋肉の成長を促します。ちなみに、重症肥満症に対する治療法に「腹腔(ふくくう)鏡下スリーブ状胃切除術」があります。これは腹腔鏡を用いて胃の外側(大弯(たいわん)側)の大半を切除することで食事量が制限され、胃のグレリンが減少して食欲抑制効果をもたらす結果、体重減少や代謝の改善がみられる外科療法です。
食欲抑制ホルモン
●レプチン
「レプチン」は、ギリシャ語で“やせる”という意味の‘leptos’から命名されたホルモンです。全身の脂肪細胞から分泌され、食欲を抑制し、エネルギー代謝を促進することから俗に“満腹ホルモン”と呼ばれることもあります。食後、脂肪細胞から分泌されたレプチンは、血液を通じて脳の視床下部にある弓状核に作用すると、「もう食べなくてもよい」という満腹感の信号を送り、食欲が減退します。また、交感神経を活性化させて脂肪を燃やし、エネルギーの消費を促して肥満を抑制する働きもあります。
しかし、レプチンは無秩序に分泌されればよいというものではありません。レプチンが過剰でも不足しても、本来の生理機能を果たせない状態に陥り、食欲が亢進(こうしん)して肥満になる危険性があるからです。肥満の人の場合、脂肪組織(特に内臓脂肪)から大量のレプチンが絶えず分泌されると、満腹信号が送られているにもかかわらず視床下部がその信号にちゃんと反応しなくなり、満腹感を得られにくくなります。すると食事摂取をコントロールできなくなって食べ過ぎを引き起こし、それがさらなる肥満を招くという悪循環に陥ります。肥満者での血中のレプチン濃度は体脂肪量に比例していつも高値です。このような状態を「レプチン抵抗性」と言います。そのため、肥満の人にレプチンを投与しても、食欲低下や体重減少効果はみられません。
●GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)
「GLP-1」は、食後に小腸から分泌される「インクレチン」と呼ばれる消化管ホルモンです(コラム参照)。GLP-1はレプチンと同じく脳の満腹中枢を刺激して食欲を抑制します。また、胃の運動を抑制し、食物が胃から排出されるのを遅らせることで持続的な満腹感を与えます。さらに、GLP-1には、血糖値が高いときだけ膵臓(すいぞう)から血糖を下げる働きのあるインスリンの分泌を促進させるという特徴があります。


ホルモンを味方にして食欲をうまくコントロール!
食欲ホルモンの分泌を適切に保ち、自然に食べ過ぎを防ぐ状態をつくるために心掛けたい生活習慣をいくつか挙げてみましょう。
①食事
脂身の多い肉や揚げ物などの高脂肪食や糖質の取り過ぎは控えて、オメガ3脂肪酸を多く含む食材(青魚・ナッツ類など)、食物繊維の多い食材(野菜・海藻・豆類など)を積極的に取りましょう。


特に肥満やメタボリック症候群の人は、「レプチン抵抗性」を改善するためにも食生活を見直し、内臓脂肪を落とすことが大切です。また、食事の順番も工夫してください。まず野菜から始めて肉・魚、そして炭水化物の順が理想です。食物繊維やタンパク質・脂肪はGLP-1などの消化管ホルモンの分泌を促し、血糖の上昇を緩やかにして満腹感を持続させます。早食いも食べ過ぎにつながりますので、よくかんでゆっくり食事をしましょう。食欲抑制ホルモンが分泌されて満腹感をもたらすため、食べ過ぎを防ぐことができます。
②運動
ウォーキングやジョギング、水泳など適度な有酸素運動も重要です。定期的な運動は空腹感やグレリン分泌を抑え、GLP-1分泌を促す効果があります。
③睡眠
健康な人の場合、睡眠時間が短くなるとレプチンの分泌が低下し、グレリンの分泌が増えることが報告されています。つまり、睡眠時間が短いと食欲ホルモンのバランスが乱れて食欲が増進し、太りやすい体となってしまう可能性があるのです。十分な睡眠時間を確保し、睡眠の質を高めるようにしてください。
④ストレス
持続するストレスでもグレリンが増え、レプチン感受性が低下します。ストレスが続くと、ストレスホルモンであるコルチゾールが副腎から過剰に分泌され、食欲が増加して甘いものや脂肪の多い食べ物を好むようになり、肥満や糖尿病のリスクが高くなります。ストレスを軽減するためにも、趣味などでリラックスする時間を過ごしたり、適度な運動や深呼吸・ヨガ、散歩など、食事とは別の精神的・心理的な満足を得る機会を設けたりするようにしましょう。
“甘いものは別腹”とよく言いますが、これは「満腹でこれ以上食べられない状態でも、甘いものや好物なら食べられる」という感覚です。英語でも「デザート用の胃袋(‘dessert stomach’)」という表現があります。おいしいものを見たり嗅いだりすると満腹のときでも脳の“報酬系”を強く刺激し、ドーパミンやβエンドルフィンという“幸せホルモン”が脳で分泌され、「おいしいものをもっと食べたい」と感じます。また、満腹では同じような味の繰り返しに飽きてくるので、別の新しい味を想像すると、脳内ホルモンの「オレキシン」が分泌され、食べ物を腸へ送り出して胃袋にゆとりが生まれます。これが別腹の正体のようです。
児島将康(こじままさやす)・寒川賢治(かんがわけんじ)両博士は、1999年に世界で初めて胃から食欲促進ホルモンであるグレリンを発見しました。もともと「GHS-R(成長ホルモン分泌促進ホルモン受容体)」というものの存在が知られていましたが、この受容体を刺激する未知の体内ホルモンを世界中で探索していたのです。それまで食欲制御は脳が中心と考えられていましたが、この発見で胃から脳への食欲の情報経路が明らかにされました。以後、世界中でグレリンの研究が進み、摂食障害・成長ホルモン分泌不全・サルコペニア(筋肉量低下)などに応用できる可能性が報告されています。現在日本ではグレリン受容体作動薬が、がんに伴う食欲低下に対する治療薬として用いられています。
食事をしたとき小腸から分泌されるインクレチンには、膵臓に働きかけてインスリンの分泌を促進し、食後の血糖値の上昇を抑える役割があります。インクレチンにはGLP-1とGIPの2種類がありますが、インクレチンは体内ですぐに分解されてしまうため、その働きを強化する2つのタイプの薬が開発されました。1つは分解酵素(DPP-4)の働きをブロックする「DPP-4阻害薬」、もう1つはインクレチンの働きを強化する「受容体作動薬(RA)」で、いずれも2型糖尿病の治療に広く使われています。さらにGLP-1RAは、脳の満腹中枢に働きかけて食欲を抑えたり、胃の排泄(はいせつ)を遅らせて満腹感を持続させたりするため、体重減少効果がみられることから最近、日本でも高度肥満症の治療薬として承認されました。ただし美容目的での使用は避けるべき薬剤であることから、現在、処方できる医療機関の要件が定められており、処方には制約が設けられています。
Well TOKK vol.39 2025年10月2日発行時の情報です。