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Wellness講座「健康&若さの秘密は“筋ホルモン”!?」


運動が健康に良いことは広く知られていますが、実はその詳しい仕組みはわかっていませんでした。しかし2003年、新たに「マイオカイン」と呼ばれる運動によって筋肉から分泌される生理活性物質が、全身の代謝や炎症を調節していることが明らかにされたのです。今回は、私たちの健康に様々な形で関わり、新たな筋肉由来のホルモンとして注目が集まるマイオカインについてご紹介します。
監修:関西健康・医療創生会議

平田結喜緒(ひらた ゆきお) 先生
(公財)兵庫県予防医学協会副会長・健康ライフプラザ健診センター長。前先端医療センター病院長。東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)名誉教授。専門分野は内分泌代謝学、高血圧、分子血管生物学。日本内分泌学会評議員・理事、日本心血管内分泌代謝学会評議員・理事、日本心脈管作動物質学会評議員・理事、日本糖尿病学会評議員、日本高血圧学会評議員などを歴任。
平田結喜緒(ひらた ゆきお) 先生
(公財)兵庫県予防医学協会副会長・健康ライフプラザ健診センター長。前先端医療センター病院長。東京科学大学(旧・東京医科歯科大学)名誉教授。専門分野は内分泌代謝学、高血圧、分子血管生物学。日本内分泌学会評議員・理事、日本心血管内分泌代謝学会評議員・理事、日本心脈管作動物質学会評議員・理事、日本糖尿病学会評議員、日本高血圧学会評議員などを歴任。
骨格筋の種類と働き
そもそも私たちの体は、自分の意思で動かせる「骨格筋」という筋肉で動いています。骨格筋は体重の約40%を占める人体最大の臓器で、大きく分けてⅠ型の「遅筋(ちきん)(赤筋)」とⅡ型の「速筋(そっきん)(白筋)」の2種類の筋繊維で構成されています(図)。Ⅰ型の遅筋は、酸素を使って脂肪や糖からエネルギーを作り筋肉を収縮させます。文字通り筋収縮力がゆっくりで持久力があるため、主にマラソンやウォーキングなどの有酸素運動をするときに使われます。一方、Ⅱ型の速筋は、酸素を使わずに糖を分解して素早くエネルギーを作るため、スプリントや筋トレ、ジャンプなど瞬発的に強い力を発揮し、無酸素運動で働く短距離選手タイプの筋肉といえます。


筋ホルモン「マイオカイン」ってなに?
マイオカインは、骨格筋が収縮するときに分泌されるホルモン(生理活性物質)の総称で、ギリシャ語の〈myo(筋)〉と〈kine(作動物質)〉を組み合わせて作られました。有酸素運動を行うと遅筋から「インターロイキン-6(IL-6)」「イリシン」などのマイオカインが、無酸素運動では速筋から「マイオネクチン」などのマイオカインが分泌され、筋肉自身(オートクリン)やその近辺の組織(パラクリン)で作用するほか、血流に乗って全身に運ばれる(エンドクリン)ことで他の臓器に影響を及ぼします。これまでに100種類以上のマイオカインが発見されていますが、主な作用には全身のエネルギー代謝の調節や骨格筋の成長・分化・再生、様々な臓器との連関などがあります。
さらに、マイオカインは代謝に対する働きから、健康に良い影響を与える「善玉マイオカイン」と、逆に代謝障害や生活習慣病の原因となる「悪玉マイオカイン」とに分けられます。
善玉マイオカイン
●インターロイキン-6(IL-6)
最初に発見されたマイオカイン。IL-6はもともと免疫細胞が産生する免疫や炎症に関わる生理活性物質として発見されました。2000年、デンマークのペダーセン博士はIL-6が運動により骨格筋からも分泌され、筋肉での糖の取り込みや脂肪組織での脂質分解、肝臓での糖の新生などの代謝作用、筋肉の成長や修復、インスリンの分泌、炎症の抑制など多彩な作用を持つことを明らかにしました。
●イリシン
脂肪細胞には、脂肪をためこむ白色脂肪細胞と、脂肪をエネルギーとして燃焼させる褐色脂肪細胞があります。イリシンは白色脂肪を褐色脂肪に変換する作用を持つため、体脂肪を減少させて肥満を改善する効果があります。また、糖代謝を改善して糖尿病の予防や、IL-6やインスリン様成長因子(IGF-1)といった他のマイオカインを介して筋肉量の維持・成長を促す働きもあり、加齢によって筋肉量が減少したり筋力が低下したりするサルコペニアの予防にも効果が期待されます。さらに脳由来神経栄養因子(BDNF)を介して記憶力や学習能力を向上させる働きからアルツハイマー病の予防、炎症を抑制する働きから動脈硬化やがんなど慢性炎症を原因とする疾患の予防に役立つ可能性もあります。
●繊維芽細胞増殖因子21(FGF21)
もともと肝臓から発見されましたが、その後、脂肪組織や骨格筋など多くの組織でも産生され、糖代謝や脂質代謝を改善し、エネルギー消費を亢進するなどの作用が明らかにされました。FGF21は絶食や運動で分泌が増加します。FGF21は脂肪組織での脂肪酸の燃焼を促進、肝臓での中性脂肪の蓄積を抑制、血中の中性脂肪を低下させる効果があることから、脂肪性肝疾患(SLD)、特に代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)の治療薬として現在アメリカで治験が進行中です。
●マイオネクチン
マイオネクチンは、イリシンと同じく脂肪を効率的に利用して体脂肪を減少させ、糖代謝を改善して肥満や糖尿病を予防する効果や、レジスタンス運動※により筋肉量や筋力を増加させて、高齢者のサルコペニアを予防する効果が期待されます。ほかにも、皮膚でのメラニンの生成を抑制してシミを予防する効果や心筋の保護作用などが報告されています。
※筋肉に抵抗を加えて行う筋力トレーニングのこと
悪玉マイオカイン
●ミオスタチン
ミオスタチンは筋肉の成長を抑制し、その分解を促進しますが、体を動かさないとミオスタチンの分泌が増加して、筋肉量や筋力の減少(サルコペニア)、代謝低下の要因になります。筋肉が減ると、糖の取り込みや脂肪の燃焼効率が悪くなり、糖尿病や肥満、骨粗しょう症などのリスクが高まるので注意が必要です。逆に、レジスタンス運動によって血中のミオスタチンが低下すると筋肉量は増えます。しかし、ミオスタチンが生まれつき欠損すると筋肉が異常に発達してしまいます。したがって、ミオスタチンは、適度に運動することで筋肉のバランスを保つ役割も果たしているのです。
運動・休息・食事でマイオカインの分泌をアップ!
個人差もありますが、筋肉量は30代後半から次第に減り始め、60歳以降は減少のペースが加速するとされます。運動習慣のない人は、健康や若さを保つ善玉マイオカインが減少し、筋肉の萎縮を進める悪玉マイオカインが増えることがわかってきました。
善玉マイオカインの分泌を増やすためには、運動・休息・食事が欠かせません。ウォーキングやサイクリングなどの有酸素運動で遅筋を増やし、速筋に効くスクワットで太ももの前にある大腿四頭筋や、お尻の大臀筋などの下半身を鍛えると良いでしょう。いきなり負荷の強い運動をすることが難しい人は、日常的にエスカレーターやエレベーターを使わず、階段を利用するだけでもかまいません。心地良いと感じる程度の有酸素運動と筋トレなどのレジスタンス運動を組み合わせて、それを継続することが大切です。また、激しい運動によって傷ついた筋繊維を修復するために、休息・休養を十分とることも必要です。筋繊維が修復することで筋肉量が増加し、さらなる善玉マイオカインの分泌促進につながります。
バランスのとれた食事も大事です。肉・魚・大豆製品などのタンパク質、野菜・海藻・キノコ類・穀類などの食物繊維、ヨーグルト・納豆などの発酵食品をしっかりとりましょう。また、食べ物をよくかむと速筋の咀嚼筋からマイオカインの分泌が促されるので、柔らかいものばかりでなく、歯ごたえのあるものを食べるのもマイオカインを増やすことにつながります。


寿司屋で魚のネタを注文するときに、「赤身」や「白身」とよく言いますよね。「赤身」の代表ならマグロやカツオ、「白身」の代表ならタイやヒラメです。赤身の魚は、長距離を泳ぎ続けられる持久力が必要なために赤色の蛋白質(ミオグロビン)を含む赤筋(遅筋)が多いため赤く、白身の魚は、近海や海底でじっとして瞬間的に動く力が必要なために白筋(速筋)が多く白いのです。寿司を食べる時には、魚の泳ぐ環境と赤筋・白筋の違いにも思いを巡らせながら、味わってみてください。

寒いところにいると、体が震えてきます。これは筋肉が細かい収縮を繰り返すことで熱を産生して体温を上げようとする生理的反応(寒冷刺激)です。このような震えによってもマイオカインの分泌が促進されることがわかってきました。約10〜15分の寒さによる震えによって、善玉マイオカインであるイリシンの血中濃度が1時間程度の適度な運動と同じくらい増加すると報告されています。ただし、震えが運動の代わりになり、筋肉維持につながるわけではありませんので、悪しからず。

本文で紹介したとおり、悪玉マイオカインのミオスタチンが働かないと筋肉が異常に発達することがあります。ベルギーで多く飼育されている「ベルジアン・ブルー」という牛はミオスタチンの遺伝子に欠損変異があるため、二倍の筋肉(“ダブルマッスル”)と呼ばれる極端な筋肉増加が起きます。マッチョな見た目とはうらはらに、その肉質は脂肪分が少ないのに柔らかいという特徴があり、ヨーロッパでは食用肉として人気が高いそう。
しかし、飼育には高カロリーの飼料が必要で飼育期間も長くコストがかかる上に難産のため、生産量は限られているとのことです。

Well TOKK vol.38 2025年7月2日発行時の情報です。