Wellness講座「もの言わぬ臓器、“膵臓”に注意!」

もの言わぬ臓器、“膵臓”に注意!
もの言わぬ臓器、“膵臓”に注意!

消化器の一部である「膵臓」。胃や大腸などと比べると、普段その存在をあまり意識していないかもしれません。しかし、2023年の国内での種類別によるがんの死亡者数は、膵臓がんが胃がんを抜いて3位※1となり、年間4万人もの方が亡くなっています。自覚症状が現れるまでに時間がかかることが多く、気がついたときには手遅れということも少なくありません。膵臓の仕組みや働きについて正しく学んで、膵臓の病気の早期発見・治療につなげましょう。
監修:関西健康・医療創生会議

<教えてくれるのは>

平田結喜緒(ひらた ゆきお) 先生
(公財)兵庫県予防医学協会副会長・健康ライフプラザ健診センター長。前先端医療センター病院長。東京医科歯科大学名誉教授。専門分野は内分泌代謝学、高血圧、分子血管生物学。日本内分泌学会評議員・理事、日本心血管内分泌代謝学会評議員・理事、日本心脈管作動物質学会評議員・理事、日本糖尿病学会評議員、日本高血圧学会評議員などを歴任。

平田結喜緒(ひらた ゆきお) 先生

(公財)兵庫県予防医学協会副会長・健康ライフプラザ健診センター長。前先端医療センター病院長。東京医科歯科大学名誉教授。専門分野は内分泌代謝学、高血圧、分子血管生物学。日本内分泌学会評議員・理事、日本心血管内分泌代謝学会評議員・理事、日本心脈管作動物質学会評議員・理事、日本糖尿病学会評議員、日本高血圧学会評議員などを歴任。

Q.膵臓の仕組みや働きについて教えてください。

A.

膵臓は胃の後ろに隠れるように位置していて、おたまじゃ くしのような形をしています(図)。膨らんだ「膵頭部」、真ん 中の「膵体部」、脾臓に近い「膵尾部」の3つに分けられ、 全体の長さは約15cm、幅は太いところで約3cm、重さは60~80g ほどあります。

膵臓には主に「外分泌機能」と「内分泌機能」の2つの役割があります(表)。
外分泌機能は、膵臓内の細胞の9割以上を占める外分泌細胞が、炭水化物を分解するアミラーゼ、蛋白質(たんぱくしつ)を分解するトリプシン、脂肪を分解するリパーゼといった消化酵素を含む「膵液(すいえき)」を産生・分泌することをいいます。膵液は膵管を通り、肝臓から胆汁を運ぶ胆管と膵頭部で合流して十二指腸内へ送られ、食べ物の消化を促す役割を果たします。もう一つの役割である内分泌機能は、ホルモンを産生・分泌して血糖値をコントロールすることです。膵臓の中にはランゲルハンス島と呼ばれる内分泌細胞の集合体が多数点在し、インスリン・グルカゴン・ソマトスタチンなどのホルモンを産生しています。
このように膵臓は、食物を消化し、ホルモンによって糖をエネルギーに変えるという働きを調節する役割をしています。しかし、膵臓に障害があると消化酵素の分泌が低下するため、下痢や腹部膨満、脂肪便などの症状が現れたり、ホルモンの分泌が低下するため、高血糖や尿糖、体重減少などの症状が現れたりします。

Q.膵臓の病気にはどんなものがありますか?

A.

主に「急性膵炎」「慢性膵炎」「膵臓がん」があります。
急性膵炎は、膵臓に炎症が生じ、急にみぞおちや背中に激しい痛みをきたします。蛋白質を分解するトリプシンは普段、膵臓内では働きを抑えられていて、十二指腸に流れ出て初めて活性化されます。ところが、何らかの原因により膵臓の中でトリプシンが活性化すると、自分の膵臓を消化する「自己消化」と呼ばれる現象が生じて、急性膵炎になると考えられています。急性膵炎は1日で痛みが消えてしまうものから、激痛が起こるもの、死に至るものまで程度は様々です。通常は入院して内科治療で回復しますが、腎臓や肺、脳まで傷害された場合や、血が固まりにくくなったり、壊死(えし)した部分に細菌が感染したりして、重症になることもあります。原因として最も多いのはお酒の飲み過ぎです。胃液の分泌が高まり、その刺激で膵液の分泌も高まることで膵管の壁から膵液が漏れ出し、膵臓を傷つけます。
次に多いのが胆石によるもので、胆管が膵管と合流する部分で胆石が詰まり、膵管の圧が上昇することにより起こります。男性では飲酒が原因の半数を占め、女性では胆石が4割程度に上ります。
慢性膵炎は、膵臓で小さな炎症が繰り返し起こり、正常な細胞が5~15年という長い時間をかけて破壊され、硬い線維組織に置き換えられていきます。病気が進行すると、線維化した組織は元に戻らなくなり、やがて膵臓の外分泌機能が衰えると、脂肪便や下痢、体重減少、吐き気、体のだるさが慢性的に続くなどの症状が現れます。さらに、内分泌機能が低下するとインスリン分泌の障害により糖尿病を引き起こすリスクが高まります。また、慢性膵炎がある人は膵臓がんの発症リスクが13倍になるといわれています。慢性膵炎もまた原因の7割近くは飲酒とされ、女性より男性のほうが2倍近く多いとの報告があります。したがって、急性・慢性膵炎の人は膵臓の負担を減らすために、お酒を断つ、脂肪を取り過ぎない、蛋白質を十分に取るなどのバランスのとれた規則的な食事が再発防止に不可欠です。
膵臓がんは膵臓にできる悪性腫瘍のことで、その9割が膵臓内部の膵管に発生します。初期は症状が出にくいのですが、進行してくると、腹痛や背部痛、食欲不振、腹部膨満感、黄疸などが発症します。また、糖尿病が悪化したり新たに発症したりして、膵臓がんが発見されることもあります。原因は不明ですが、糖尿病・慢性膵炎・膵嚢胞(すいのうほう)※2や肥満、喫煙、大量飲酒、家族歴(遺伝的要因)などが発生リスクとされています。いずれかに該当するものがあれば、普段から生活習慣の改善を心がけ、定期的に膵臓のがん検診を受けることをおすすめします。

Q.「膵臓がん」は治りにくい病気なのでしょうか?

A.

膵臓がんは自覚症状がないまま進行し、周囲の臓器に転移しやすいため、見つかったときには手術できない状態であることが少なくありません。しかも膵臓のまわりには胃・十二指腸や肝胆管があり、重要な血管がいくつも走っているため手術の難易度が高いとされます。
進行度によって5つのステージ(0~4)があり、どのステージに該当するかによって治療法が変わります。国立がん研究センターが発表している膵臓がん全体の5年生存率はわずかに8.5%です。これは膵臓がんの大部分が、基本的には進行して手術できない段階であるステージ3やステージ4で発見されることによります。それでも、近年抗がん剤治療が急速に進歩していて、ステージが進んでいても手術に化学療法や放射線療法を組み合わせることで長生きできる患者さんが増加しています。一方で、罹患者数・死亡者数ともに増加傾向にあり、新たに膵臓がんになる人はこの20年で2倍以上に増えています。もっと治療成績を良くしていくためには、ステージ0~2といった早い段階で膵臓がんを見つける必要があります。

Q.「膵臓がん」の検査にはどのようなものがありますか?

A.

膵臓がんのスクリーニング検査として行われるのが、血中のCA19-9などの腫瘍マーカーや、アミラーゼなどの膵酵素の測定です。しかし血液検査はあくまで補助的なものであり、超音波(エコー)を用いた画像検査がスクリーニング検査として、より重要です。これは体に超音波を当てて臓器から跳ね返ってくる超音波を画像として捉えるもので、体に負担のかからない方法です。腹部超音波検査は人間ドックや検診でも行われており、膵管の異常や嚢胞など膵臓がんの早期発見につながっています。超音波検査で膵臓がんが疑われる場合は、かかりつけ医から専門施設※3に紹介してもらい、造影CT検査やMRIを用いたMRCP(胆管膵管撮影)といった画像検査を行います。CTやMRIによる画像検査で膵臓がんが強く疑われる場合、超音波内視鏡検査(EUS)や内視鏡的逆行性胆管膵管造影(ERCP)といった特殊な検査により詳しく病変を調べます。同時にその病変を生検または細胞診で採取して、がん細胞の有無を病理検査で確認します。このような様々な診断技術の進歩によって、膵臓がんの早期発見率も徐々に高まってきています。
※1 出典:厚生労働省「令和5年(2023)人口動態統計」
※2 IPMN(膵管内乳頭粘液性腫瘍):膵管内に粘液の溜まった袋(嚢胞)がぶどうの房状に形成される。大部分は良性だが一部(10~20%)悪性化するために定期的な経過観察が必要。
※3 一般社団法人日本膵臓学会ホームページ:https://www.suizou.org

\ COLUMN /
「膵」は日本で創られた漢字!?

日本で最初に膵臓が登場するのは1774年に出版された『解体新書』です。しかし当時は「膵」という漢字がなかったため、オランダ語を用いて大機里爾(キリール)(大きな腺)と記載されました。実は「膵」という漢字は、1805年に書かれた宇田川玄真の『医範堤綱』という本に初めて登場したのです。膵臓はラテン語で“pancreas”で、panは「すべて」、creasは「肉」を意味します。そこで玄真は、肉づきの「月」と、集まるを表す「萃」を組み合わせて、「膵」という漢字を創ったとされています。なかなかセンスのいい創字ではないでしょうか。

ランゲルハンス島とインスリン

ランゲルハンス島というと、どこかの島の名前のようですが、本文で説明したように、膵臓にある内分泌器官の名称です。では、なぜこのような名前がついたのかというと、この器官を最初に発見したのがドイツの病理学者パウル・ランゲルハンスだったからです。1869年、ランゲルハンスは消化液を分泌する器官の中に「島」のように点在する細胞集団を発見したのですが、その役割はわからないまま41歳で亡くなります。その後、1893年にフランスの解剖学者ラゲッツが、この「島」が内分泌の働きをすることを想定し、最初の発見者であるランゲルハンスの名前をつけたのです。膵臓ホルモン「インスリン」は、「島」を意味するラテン語“insula”から命名されました。

「インスリノーマ」と「神経内分泌腫瘍」

ランゲルハンス島はホルモンを分泌する内分泌細胞から構成されていますが、これらの細胞で腫瘍が生じることがあります。これを「膵神経内分泌腫瘍」といいます。膵神経内分泌腫瘍のうち機能性腫瘍といわれるものは特定のホルモンを大量に分泌し、様々な症状を引き起こします。代表的なものに「インスリノーマ」があります。血糖値を低下させるインスリンが大量に分泌される腫瘍で、低血糖になり、発汗・動悸・意識障害やけいれんなどの症状が現れます。インスリノーマの90%は良性の腫瘍であり、手術による切除で完治が可能です。一方、転移した進行性膵神経内分泌腫瘍には化学療法や分子標的薬、ソマトスタチンアナログが用いられます。また、ソマトスタチン受容体を持つ腫瘍では、アイソトープを用いた画像診断(SRS)や、腫瘍だけを標的にした新たな放射線治療法(PRRT)が最近日本でも承認されました。

Well TOKK vol.35 2024年10月1日発行時の情報です。