現代版 温泉と健康~心とからだの湯けむり活用~③

日本人は、薬や医術もまったくない時代から長い間、温泉を利用した「湯治」という文化を育んできました。現代のような高度な医療技術が発達した時代では、温泉で病気を治すというよりも心身の癒しやストレス状態からの解放、積極的な健康づくりなどといった生活習慣病の予防・保養に温泉が活用されるようになっています。

大分県の長湯温泉に「ラムネ温泉館」という日帰り温泉があります。この温泉の入り口に「体を洗わず、心を洗う」と書かれた紙が壁に貼られています。今回の「現代版 温泉と健康」では、温泉に浸かるという直接作用だけでなく、温泉地に留まりその土地の気候や歴史や文化に触れる転地効果などの間接作用も含めた総合的な温泉の活用をまとめました。

※掲載の各温泉地の営業状況等につきましては、各観光協会HP等でご確認ください。

Profile
杉岡 俊長Toshinaga Sugioka

・健康マスター関西会 会長  ・健康マスター普及認定講師
・温泉ソムリエマスター    ・温泉観光実践士

健康マスター関西会では、健康リテラシーの向上を目指し「お風呂と健康」の話や栄養・食事などの日常生活の健康に関する学習から、大学の先生方による専門的な教育講演まで幅広く健康について学ぶ場を提供しています。是非一度ホームページをご覧下さい。

杉岡 俊長
Toshinaga Sugioka

・健康マスター関西会 会長
・健康マスター普及認定講師
・温泉ソムリエマスター
・温泉観光実践士

健康マスター関西会では、健康リテラシーの向上を目指し「お風呂と健康」の話や栄養・食事などの日常生活の健康に関する学習から、大学の先生方による専門的な教育講演まで幅広く健康について学ぶ場を提供しています。是非一度ホームページをご覧下さい。

第3回 温泉地の選び方

第2回は、温泉を楽しむ基礎知識として療養泉の分類や泉質名の表し方のルールをお届けしました。温泉に行かれたら、どのような特徴がある温泉なのか関心を持って頂きたいと思います。
今回は「温泉に行きた~い。でも、どこの温泉が良いのか解らない…。」という人のために参考となる話を取り上げました。温泉地や温泉宿を選ぶためのポイントは人それぞれですが、温泉の泉質だけにこだわるのではなく、他の要素もチェックする必要があります。その上で、ご自身の好みに合った温泉が見つかれば良いですね。

人気の「源泉かけ流し」とは

旅行会社のパンフレットや温泉の雑誌に出てくる「源泉かけ流し」や「源泉100%かけ流し」などの表示が気になりますね。旅行会社や出版会社によってその基準は一定ではなかったので、消費者庁と一般社団法人日本温泉協会によって基準が決められました。しかし、この基準が必ず守られているということではないようです。

かけ流し

完全放流式。注⼊する新湯が温泉で無いことを明記すれば温泉以外の資源も使⽤可で加⽔も加温も不問。

温泉かけ流し

温泉完全放流式。かけ流しに加えて新湯が温泉であること。加⽔加温は可能。(源泉と異なる温泉でも可)

源泉かけ流し

源泉完全放流式。温泉の加温はできるが、加⽔は不可。

源泉100%かけ流し

源泉100%完全放流式。加⽔も加温も不可。

最も貴重な浴槽への注入方法は、浴槽の底から泉のように40℃前後の湯が湧き出ている「足元湧出」です。
一度も空気に触れず注がれる新鮮な湯とされています。

温泉神社と温泉寺

日本の古くからある温泉地には温泉神社や温泉寺があります。温泉地に行けば是非見学して温泉地の歴史や風土にも触れて頂きたいと思います。有馬温泉で言えば、温泉神社として湯泉神社(とうせんじんじゃ)があります。この神社は、病気を治す神様の大国主命の別名の大己貴命(おおなむちのみこと)、温泉の神様と言われる少彦名命(すくなひこなのみこと)、熊野久須美命(くまのくすみのみこと)が祀られています。熊野久須美命は熊野本宮大社の神様で、温泉神社には熊野神社が多く存在します。また、少彦名命は一寸法師のモデルとなった神様です。
温泉寺のご本尊は必ずと言っていいほど薬師如来です。江戸時代に遠方から湯治に来た病人が湯治中に温泉地で亡くなることがよくありました。当時は亡くなった人を家に送り返すこともできず、宿の主人が喪主となり温泉寺で葬ってあげるということが行われていました。

有馬温泉 湯泉神社(2022年1月撮影)

有馬温泉 温泉寺(2022年1月撮影)

温泉番付で温泉地を探す

江戸時代には相撲番付を真似た「温泉番付」がたくさん発行されました。その後も温泉番付は発行され、現在でもいくつかの番付が作られています。このような温泉番付を参考にして歴史ある温泉地を訪ねるのも温泉地を探す一つの方法ですよ。下の画像は明治になってから発行された温泉番付と思われますが、有馬温泉の寺田町で見つけました。
どの温泉番付にも共通しているのは、勧進元か行司は「紀伊熊野本宮の湯」や「熊野本宮の温泉」などとなっています。その温泉というのは現在の「湯の峰温泉」となります。出雲大社が縁結びの神様なら、熊野本宮大社は再生・復活の神様と言われています。昔の温泉には、病気からの回復(再生)や失意からの復活の願いが込められていたのでしょう。

明治の温泉番付(有馬温泉寺田町で2022年1月撮影)

湯の峰温泉「つぼ湯」(2013年撮影)

私の温泉地の選び方

「どこの温泉にしようか?」と悩んでいる人も多いと思います。秘湯に行きたい、交通の便が良いところなど要望は人それぞれです。でも、基本的にはお風呂の良いところに行きたいと思いませんか?そこで私が温泉地を選ぶ一つの方法をご紹介しましょう。まず、一定の範囲内に集まっている温泉郷を選ぶ、次にその中の温泉地を選び、最後にその温泉地にある温泉宿を探します。例えば、熊野本宮温泉郷と決めると、湯の峰温泉、川湯温泉、渡瀬温泉があります。その中でどの温泉地にするかが決まれば、そこで宿を探すといった方法です。3泊して3湯とも訪れることもありますよ。

川湯温泉の大塔川をせきとめた仙人風呂

温泉地が決まれば、その中のどの温泉旅館やホテルにするかもよく迷いますね。良い旅館の最も大切な条件は「清潔であること」「従業員の笑顔」にあることは言うまでもありません。しかし、実際に選ぶ基準は年齢や一緒に行くメンバーによっても異なります。料金は?料理は?部屋食か?海が見えるロケーションか?など挙げればきりがありませんね。私の場合は、主に以下のような情報を意識しています。

1.

お風呂と泉質を最優先で決める。そのためにお風呂の情報を公開していること。
(露天風呂の有無、温泉分析書の公開、自家源泉、源泉100%かけ流しや足元湧出など)

2.

飲泉ができること。温泉郷の中で飲泉ができる温泉宿があれば最優先に検討する。

3.

個人的には秘湯愛好家なので、こぢんまりした家族的な温泉宿を選ぶ。

その他、温泉達人の書物や温泉で出会った温泉通の人から情報を得るのも効果的な方法です。

温泉入浴のマナー

温泉ソムリエの心がけは「温泉は楽しく♪マナーを守って楽しく入浴♨」が基本です。お客さんの中には源泉100%の温泉で、湯がぬるいと旅館にクレームをつける笑えないような話もありますが「楽しく♪」が何より大事です。入浴に限定したマナーでは、衛生面でタオルを湯に浸けないことは皆さんよく守られていますが、意外と気が付かないマナーもあります。最近目立つマナー違反は以下のようなものがあります。

体は浴室でしっかり拭いてから脱衣場に移動し、脱衣場を濡らさないように。

意外とこのことは気がついていない方が多いようです。

入浴前はしっかり「かけ湯」をして体の汚れを落としましょう。

温泉での掛け湯は衛生面と併せて、体をお湯に慣らす目的もあるので20杯位掛けます。

浴室は危険です。大騒ぎや駆け回るのは止めましょう。

特に小さなお子様は、はしゃぎ過ぎて滑って怪我をしないように注意しましょう。

「あんしん・あんぜんな温泉利用のいろは」環境省

温泉療養は、正しく入浴すれば私たちの心身の健康に寄与してくれますが、誤った入浴法や、無理をするとかえって健康を害することにもつながります。一般社団法人日本温泉気候物理医学会が監修し、環境省が発行した「あんしん・あんぜんな温泉利用のいろは」という冊子が発行されています。その中に正しい温泉利用の話が掲載されています。インターネットでも見ることができます。是非、一度ご覧下さい。

飲泉について

温泉地の中の宿によっては、新鮮な自家源泉のお湯で飲泉ができる温泉宿があります。温泉分析書別表に飲泉による適応症が書かれていても、必ずしもその湯が飲泉できるとは限りませんので注意して下さい。飲泉できるかできないかは、自治体の保健所の飲用許可の有無によって決まっており、必ず飲泉の表示のある場合だけで飲むようにしましょう。
飲泉の目的は、皮膚からの溶存物質の吸収ではなく、胃の粘膜から吸収することです。そのため飲泉をする時は食事前の空腹時に行うと効果的です。また、飲む量は1回100~150㎖程度で、1日の総量はおよそ200~500㎖までとなっています。15歳以下の人には飲泉をさせないように言われています。

温泉宿の食事を考える

温泉旅行と言えば、温泉よりもまず食事が気になる人もいるでしょう。温泉宿の理想的な料理は「少し贅沢な料理」「地域の食材を使った料理」「宿の自慢の料理」がそれぞれ三分の一ずつ提供される料理と言われています。
山奥の秘湯温泉で、夕食にイカやサーモンの刺身が出されることがあります。都市に住む人にとってみれば「なんで山奥まで来てイカの刺身?」と思うかも知れませんが、近くにスーパーなどがない地元の人にとっては、生の刺身はめったに食べることができない贅沢な一品となります。「郷に入れば郷に従え!」温泉愛好家の鉄則です。

榊原温泉 湯元榊原館の自慢の「温泉野菜蒸」

「どこの温泉地にする?」「どこの温泉宿にする?」と探す場合は、まず温泉そのものにこだわって欲しいと思いますが、それがすべてではありません。その土地の歴史や料理など総合的に判断しましょう。私たちがその温泉旅行に満足であったかどうかは、温泉宿の従業員の方の「もてなし」や地元食材を使用した初めて食べる料理のこだわりなど、その温泉宿の総合力だと思っています。

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