ピロリ菌の除菌で健康な胃に

ピロリ菌は胃の粘膜に生息し炎症(胃炎)を起こす細菌で、日本人の約3500万人が感染しているとされます。 ピロリ菌を除菌すると、胃潰瘍(かいよう)や十二指腸潰瘍が再発しにくくなることが明らかにされました。また日本人に多い胃がんの発生にも深い関係があり、胃がん検診とピロリ菌除菌で胃がんも予防する時代になってきました。

監修:平田 結喜緒先生

(公財)兵庫県予防医学協会理事・健康ライフプラザ健診センター長。前先端医療センター病院長。東京医科歯科大学名誉教授。専門分野は内分泌代謝学、高血圧、分子血管生物学。日本内分泌学会評議員・理事、日本心血管内分泌代謝学会評議員・理事、日本心脈管作動物質学会評議員・理事、日本糖尿病学会評議員、日本高血圧学会評議員などを歴任。

ピロリ菌とは?

ピロリ菌は正式にはヘリコバクター・ピロリと言います。ヘリコはヘリコプターのヘリコと同じで螺旋(らせん)とか旋回(せんかい)という意味です。バクターはバクテリア(細菌)、ピロリは胃の出口である幽門(ゆうもん)を指します。ピロリ菌は長さ約4ミクロンのねじれた棒状で、端にある数本のべん毛を動かして移動します。
ヒトの胃の中には強い酸性の胃液があるため、細菌は生息できないと考えられていました。しかし、1984年にオーストラリアのウォーレンとマーシャルという2人の医学者によって、胃の粘膜層に住み着くピロリ菌の存在が証明されました。ピロリ菌が強酸性の胃の中で生息できるのは、ピロリ菌がつくるウレアーゼという酵素が胃の中の尿素を分解してアンモニアを発生させ、まわりの胃酸を中和するからです(図1)

偶然が招いたピロリ菌の発見

19世紀後半から胃の中に細菌がいるという報告がありましたが、それを否定する説のほうが有力でした。しかし、1979年にウォーレンが胃炎患者の胃粘膜に螺旋形の菌がいることを発見、マーシャルとともにこの菌の分離・培養に取り組み始めました。1982年、たまたまマーシャルが休暇中に培養器を5日間放置したところ培養皿に菌の固まりができていました。ピロリ菌の発見です。さらに1984年、マーシャルはこの菌を飲み、胃の組織を取って調べると急性胃炎が起こり、胃粘膜にピロリ菌が存在していたため、この菌が胃炎を起こすことが証明されました。この研究によって2人は2005年にノーベル生理学・医学賞を受賞し、ピロリ菌が広く知られるようになりました。

ピロリ菌の感染

ピロリ菌の感染は、胃酸の分泌が少ない5歳までと考えられています。ほとんどは家庭内感染で、母親から子どもへ唾液を介して経口感染する可能性が高いようです。かつての衛生環境が悪い時代には、ピロリ菌を含む汚れた水を口にすることで感染する機会が多かったのですが、高度経済成長期を境にして上下水道が整備された現在では、ピロリ菌の感染率は著しく低下しています(図2)。10~20歳代では10%前後、50歳代では40%程度とされますが、60歳以上の感染率は60%程度ですので、高齢の方は感染しているかどうかを調べたほうがいいでしょう。

ピロリ菌はまず慢性胃炎を引き起こす

胃炎には急性胃炎と慢性胃炎があります。急性胃炎はストレスや暴飲暴食、香辛料などの剌激が原因で胃の粘膜が一時的に傷ついて起こります。一方、慢性胃炎はピロリ菌の感染が続くことによって胃の粘膜に炎症が起こるものです。これはピロリ菌が作り出す様々な有害物質によって引き起こされます(図1)

胃・十二指腸潰瘍や胃がんの原因にも

慢性胃炎の状態にストレスや食事などの環境因子が加わると、胃の粘膜組織が薄くなってしまう萎縮性(いしゅくせい)胃炎に進展し、胃・十二指腸潰瘍を引き起こしやすくなります。これが持続すると、胃粘膜がえぐられて胃・十二指腸潰瘍になります。さらに進むと胃粘膜は腸の粘膜のようになり(腸上皮化生<ちょうじょうひかせい>)、一部は胃がんの発症につながるとされています(図3)。ピロリ菌感染陽性者は陰性者に比べて胃がんの発生するリスクが5倍になると言われています。しかしピロリ菌感染陽性者のすべての人が胃がんになるわけではなく、1%にも満たないと言われています。
それ以外にも、ピロリ菌が原因で起こる病気がいくつか知られています。例えば、胃MALT(マルト)リンパ腫(胃の粘膜のリンパ組織に発生する悪性リンパ腫の一種)、特発性血小板減少性紫斑(しはん)病(血小板が減少し出血しやすくなる病気)、早期胃がんに対する内視鏡的治療後胃、胃過形成性ポリープなどです。

ピロリ菌の検査

まず医療機関を受診してピロリ菌感染検査をする必要があるかどうか相談してください。ピロリ菌の検査は内視鏡を使う方法と使わない方法に大別されます。
内視鏡を使う方法で代表的なのが迅速ウレアーゼ試験です。胃の組織を取り出し、ウレアーゼの働きで作り出されるアンモニアの有無を調べます。内視鏡を使わない方法としては尿素呼気試験法があり、ピロリ菌除菌治療後、除菌ができたかどうかを調べる時によく行われます。検査用の薬を飲み、吐き出した息の中の二酸化炭素の量を調べます。ほかに血液や尿を採取してピロリ菌の抗体の有無を調べる抗体測定法などもあります。

ピロリ菌の除菌

現在、保険診療で認められているピロリ菌の除菌療法は、胃酸分泌を抑制する薬(プロトンポンプ阻害薬)と2種類の抗菌薬(アモキシシリン、クラリスロマイシン)を併用する3剤療法で、1週間服用します。1回目で除菌できなければ、クラリスロマイシンをメトロニダゾールに変更して2回目を行います。これによって除菌成功率は80~90%とされます。除菌治療は若い人ほど効果が高く、除菌すれば慢性胃炎が治り、胃·十二指腸潰瘍が再発しにくくなることが明らかにされています。
ピロリ菌を除菌することによって治療、あるいは予防できる様々な胃の病気が分かってきています。胃がんも現在ではピロリ菌除菌による予防が重要と考えられています。しかし、除菌が成功しても胃がんの発生リスクがゼロになるわけではないので、胃がんの定期検診は怠らないようにしましょう。

食生活も大切

胃を健康に保つためには、塩辛い食品、香辛料、濃い味付けのものなど胃に強い剌激を与えるものはなるべく控えましょう。カフェインの多い濃いコーヒーも胃を剌激します。胃酸は夜間から早朝の空腹時に濃度が高くなるので、朝食を抜くのは避けましよう。タバコは胃粘膜の血流を悪化させて胃潰瘍になるリスクを高め、過度のアルコールも胃粘膜を傷つけます。
食品でピロリ菌を退治することは期待できませんが、菌の接着や増加を防いだり、胃酸の分泌を抑えたり、胃粘膜を保護したりする働きがあるとされる食品をいくつか挙げていますので、日常の食生活にバランスよく取り入れてみましょう。

Well TOKK vol.20 2021年1月12日発行時の情報です。

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