「人間は微生物の袋である」!?

これまで味噌を中心に、発酵食の素晴らしい健康効果についてお話ししてきましたが、今日はもう一歩進んだ“菌活”のお話をしたいと思います。

「人間は微生物の袋である」と言われます。
ノーベル賞を受賞した遺伝学者 J. Lederbergは、Science誌上で『人間は共生微生物とヒトから構成されている超生物である。人間にとって共生微生物は極めて重要な存在であり、大切にしなければならない』という内容の論文を2000年に発表しました。

要するに、人間は「人」という部分と「微生物」という部分が合わさった共同体だというのです。しかも、その微生物は、人の口腔、鼻腔、喉、肺、胃、小腸、大腸、皮膚、膣といったあらゆる場所にコロニー(集団。マイクロバイオームともいう)を作って住んでいて、健康にとって重要な役割を担っていますよ、と。びっくりでしょう?
今まで「自分は世界一孤独な人間だ」とか「自分一人の力で生きてやる」なんて思った青臭かった私、赤面ものです。いついかなる時も微生物さんたちは側にいてくれたのですね。

人体の細胞数と菌数を比べても、37兆対100兆個以上、と圧倒的に菌数の方が多い。だからこそ、微生物さんたちのご機嫌を損ねないように、彼らが味方になってくれるように環境を整備していく必要があるんですね。

体に住んでいる微生物の多くは、人体に有益な働きをしてくれています。たとえば消化管の中で働く乳酸菌やビフィズス菌、酪酸菌や酢酸菌などは、消化を助け、ビタミン、ミネラル、ホルモン刺激物質などさまざまなものを作り出して提供してくれるのですが、栄養バランスが偏ったり添加物や保存料ばかりの食事になると、それら有益な働きをしてくれる微生物が弱り、本来の力を発揮できなくなります。

鼻から肺までの呼吸器や皮膚に住んでいる微生物もたくさんいて、彼らも体の砦を守ってくれています。そこは“自然免疫”と言われる、免疫機能の第一関門で、外部からの侵入を許さないように常在菌が微生物バリアを張っています。

“菌”とか“微生物”と聞くと、「わ、ばっちい!バイキン!」と連想しがちですが、病原菌と言われる悪さをするものは、実はごく一部でしかありません。しかも、その病原菌を寄せ付けないようにするためには、味方である常在菌に活躍してもらう必要があります。

しかし、現代は抗生物質や消毒薬や食品保存料(菌の繁殖を防ぐ)や界面活性剤(乳化剤ともいわれ水と油を混ぜる物質。微生物の細胞膜にダメージを与える)がとても身近にあります。これらの化学物質は、有用菌も病原菌も関係なく殺菌したり除菌したり制菌したりする効果があるので、便利ではありますが諸刃の刃でもあります。

だからこそ、意識的に有用菌を“菌活”することは大切だと思います。具体的にどうするのか?というと、第一にはもちろんバランスの取れた食生活で、不自然な添加物をなるべく口にしない、発酵食や食物繊維で良い働きをしてくれる腸内細菌を応援する。そこまでは前回までのコラムでも触れてきました。

それに加え、なるべく自然由来の化粧品や洗濯洗剤、食器用洗剤、歯磨き粉を使う、また、自然の中の新鮮な空気と土壌菌を吸い込む、なども立派な菌活になります。都会ではなかなか土壌菌と戯れる機会がありませんが、公園を散歩したり、観葉植物やプランター菜園などで土や植物に触れるだけでも違います。

菌活上級者の方は、生ゴミコンポストがおすすめです。家庭で出る生ゴミを、ミミズや微生物に分解してもらい、堆肥にしてそれを土に戻すのです。そこでまた何かの野菜や花を育てれば、小さいですが栄養の循環を生み出すことができます。

しかも、生ゴミの90%は水分。それをビニール袋に入れて燃えるゴミに出すと、その焼却エネルギーは膨大です。生ゴミを土にできればCO2の削減にも大いに有効ですし、植物を育てる楽しみも増えるし、菌活もできるし、一石三鳥。是非トライしてみてください。

コンポストをやってみると、つくづく体の仕組みと自然界の仕組みは同じだな、と思います。どちらも微生物が分解者となって、物質を小さくして副産物としての栄養も生んでくれます。微生物が細かなパーツにしてくれたからこそ、植物はそれを根から吸収することができ、人は腸から栄養を吸収することができる・・・。

そんな風に微生物の目線で自然界を見ると、全ての有機物は繋がりあって命を紡いでいるようにも見えます。食べ物の分子は微生物を通じて私の一部になり、私の出す生ゴミや排泄物の分子も微生物を通じて植物や動物の一部になり、それはやがて私に帰ってきます。

ところで、赤ちゃんは胎児の時は無菌です。微生物を住まわせ味方にし、健康を確立していくその一歩は、生まれ出てくる過程の産道や、お母さんとの肌のふれあいから始まります。母親の無数の微生物のベールが初めのプレゼント。これを資本にして生きるためのスタートラインに立つのです。

初めのうちは十分な菌数もなく、種類も少ないためたくさんの病原菌の侵入を許します。だからたくさんの感染症を経験するし、それが当たり前の試練なのです。しかし、そのうち防御方法を体も覚え、常在菌のバリアも強くなり、簡単には隙を与えなくなります。健康な人の肌や腸内には、微生物がびっしりと隙間なくいて、その顔ぶれも多様。生物の多様性があることで地球の生態系が守られるのと、ここも同じことが言えます。

私たちはまさに、ひとつの地球のように体に無数の命を宿し、共生しています。生きているということは、発酵分解のサイクルに参加しているということに他なりません。有用な常在菌がそっぽを向いてしまわないように菌活を意識したライフスタイルをこれからも心がけていきましょう!

Profile

岸 紅子Beniko Kishi
•NPO法人日本ホリスティックビューティ協会代表理事
•環境省「つなげよう、支えよう森里川海」アンバサダー

自身や家族の闘病経験をもとに、2006年にNPO法人日本ホリスティックビューティ協会(HBA)を設立。多数の美容・健康・医療関係者とともに女性の心と体のセルフケアの普及につとめ、資格検定や人材育成を行う。また、自らも自然治癒力や免疫力を引き出すためのウェルネス講座を幅広く実施。
環境アクティビストとしても、ライフスタイルを通じた人にも地球にも優しいSDGsアクションを多く提言している。パーマカルチャーデザイナー、発酵食スペシャリスト、味噌ソムリエの一面も持つ。