呼吸

ーwithコロナ時代の禅的心得ー

ふと、立ち止まって人生を振り返った時、あなたはどんな時を思い出しますか?

私はどうかというと、最高に幸せだった時も勿論そうですが、人生で最も辛かった時のことも思い出してしまいます。

その辛かった経験というのが、「仏門修行」でした。

私は、今からちょうど10年前、2011年の春に、京都のとある禅寺へ仏門の修行に行きました。禅の修行では、日常で抱えているもの全てを一旦捨ててから、修行に行かなければなりません。それまで、私は音楽の仕事をしながら、関東で家族と生活していましたが、仕事や家族と離れ、修行道具一式だけを持って、寺に入りました。

どんな修行生活だったかと言いますと、基本「座禅」を中心に、掃除・畑仕事などの作務(さむ)をしながら、昔ながらの生活(冷蔵庫・携帯・テレビ等は無し)を修行の仲間たちと過ごしていくというものです。

新聞はだいたい2週間遅れで少しだけ読むことができるという具合でしたので、一般社会で起きていることはほとんどわからない状態でした。また、月に1週間、「接心」という厳しい座禅修行があり、1日のほとんどを座禅で過ごすというものもありました。

自分の中では、腹を括って「いざ、修行」と意気込んで行ったもものの、普段当たり前にあるものが急になくなった生活に順応していくというのは、なかなか並大抵のことではありませんでした。

流石に、修行に入って3ヶ月ほどは正直その生活に慣れるまで心に余裕がなく、必死で食らいついておりましたが、ようやくそれを過ぎたあたりから、何やら自分の心の様子が変わってきました。

例えば、ある時、畑に水を撒いたその水しぶきが陽の光に当たってキラキラ光っているその風景にただただ感動したり、座禅している時に影の動きで大体の時間がわかってきたりと、少しずつですが、修行生活に馴染んでいきました。

おそらくそれは、自分自身の中で「今を受け入れる」ということが出来たからだと思います。

今の状況から逃げてばかりの心境では、その生活1つ1つが苦痛でしかありませんでしたが、すべてを受け入れることが出来て初めて前に進めた気がしました。

私にとって、仏門修行の2年間は、人生で最も大変だった経験の1つですが、それと同時に、深く味わい、学ぶことができたかけがえのない時間にもなりました。

最初は苦痛でしかなかった座禅も気がつけばいつしか、普段、自分が抱えていたものやインターネットなどの情報社会の中で埋められていた心を1つ1つ整理してくれた大切な時間となっていました。

座禅の基本は、「調身(体を調える)」「調息(呼吸を調える)」「調心(心を調える)」その内の「呼吸」、これは「吐く(呼)」の動作から始まると言います。

座禅では、長く息を吐き、吐き切ると、自然に息が入ってくる。そしてまた息を吐いていく。それを息の数を数えながらやっていくのですが、これは、心の中の無駄なものを吐き出す作業を続けていたのかもしれません。

昨年からコロナ禍によって、私たちは生活スタイルや価値観において大きな転換期を迎え、私自身も今まで当たり前のように出来ていたことが難しくなり、戸惑う時期も多々ありましたが、そんな中、ある時ふと思いました。
もしかして、このコロナ禍の時代と自分が体験した修行は似ているのではないだろうか?

「今まで、当たり前のように出来ていたのに、どうして、、」
「前の生活に戻りたいなあ、、、」
「コロナなんてなければなあ、、、」

私も昨年当初、こんな気持ちに大変惑わされました。
でも、まさにこれは、今を受け入れていない状態。
失ったことを悔やむというマインドに囚われている時は、何もいいものを生みません。
姿勢を調え、長く息を吐いて、吸って、吐き出して、、、その繰り返し。
「それでもまあいいか、今やれることを精一杯やってみよう。」
そう思えました。それは、修行時代に感じた気持ちと同じでした。

禅の修行生活では、体の動作と心を1つにしていくことを大事にしています。
座禅をする時も、掃除をする時も、ご飯をいただく時も。
それは、ただ「今」と向き合い続けるということです。
禅には、而今(にこん)という言葉があります。
「今」というものは、一瞬にして「過去」となります。
それならば、しっかり向き合った「今」をできるだけ多く、「思い出」として自分の心に積み重ねていきたい。

今年もこの世界の状況は続いて行きそうですが、焦らず、深呼吸をし、ただ今、目の前にあるものと向き合い、感謝し、日々を重ねていければと思っております。

「呼吸」を感じる時間を大切にしながら。

Profile

薬師寺 寛邦 キッサコKanho Yakushiji
•僧侶であり音楽家。
•今治市臨済宗・海禅寺の副住職。

1979年生まれ。僧侶であり音楽家。今治市臨済宗・海禅寺の副住職。
般若心経に声を重ねアレンジしたアルバム「般若心経」を2018年にリリース。
今までに関連動画再生回数は、YOUTUBEや中国などのSNSで累計5000万回再生を超える。
アジアでの大反響を受け、2018年・2019年とアジアツアーを開催。
約2年で1万人以上の動員を記録する。
日本からアジア、そして世界へ、縁を繋ぎ、仏教を音に乗せ、伝え続ける。