医療・介護が必要な方へお出かけのワクワクを届け、健康寿命を延ばしたい!

あらゆる世代の生きがいとして人気の「お出かけ・旅行」。国も、高齢や障がい等の有無に関わらず、全ての人が安心して楽しめる旅行となるユニバーサルツーリズムの推進を提唱しています。しかし、移動、食事、排泄などに介助が必要な方や同行される方にとって不安要素は多く、お出かけそのものが物理的そして心理的ハードルの高い行為となります。

このような旅行へ行きたくても行けない人をサポートするのが、通院中・闘病中の方向け旅行サービス「ReTaby(リタビー)」です。今回は、現役医師として患者さんやご家族から旅行の相談を受けたことを機に事業を立ち上げた坂野恵里さん、介護福祉士・総合旅行業取扱管理者としてこの事業を支える大﨑麻佐子さんへお話を聞きました。

これまでの経験を活かし、看護・介護付き旅行サービスをスタート

――ReTabyを立ち上げたきっかけをお聞かせください。
坂野:
私はもともと泌尿器科医で、大学病院では悪性腫瘍の研究をしていました。かつては、手術以外のがん治療といえば抗がん剤の使用がメインでしたが、今は複数の選択肢があり、感染症の不安や吐き気などの酷い副作用に悩む方が減ったのです。その影響もあって闘病中でも外出可能となり、旅行の相談が増えました。また、実母が脳出血後遺症で車椅子が必要となり、私自身が母との旅行の手配に苦労したのです。その経験があったことから、いつか診療のかたわらで、通院中・闘病中の方へお出かけのサポートがしたいという気持ちが高まってきていたんです。

――お二人が出会ったきっかけを教えてください。
坂野:
現在、国が病気や障がいに関係なく旅行を楽しめるユニバーサルツーリズムを推進していることもあり、あちこちで勉強会が開かれています。看護師、介護士、介護タクシードライバーの方たちなどと交流ができるのですが、そこで出会った中の1人が大﨑さんでした。

大﨑:
私はずっと旅行業に携わっていたのですが、コロナ禍で仕事が激減したんです。元々、体調面で不安がある方の旅行をサポートしたかったこともあって、まずは介護の現場でアルバイトを始めました。すると、思いのほか自分に向いていることがわかり、介護福祉士の資格を取得。そうして看護・介護付き旅行の仕事が自分でできないかと準備を進めていたところ、坂野さんと出会ったのです。

ケアが必要な方たちやその周囲はお出かけを諦めがちに

――サービスを開始されてみて、どのような問い合わせが入りますか?
坂野:
一番多いのは「私って旅行に行けますか?」といった、行きたいけれど行けるのか知りたいという相談ですね。

大﨑:
ケアマネージャーさんや主治医の方からの問い合わせも増えています。患者さんから旅行について相談されても、医療従事者の方が「ちょっと難しそう…」「そもそも無理じゃないかな」と思い込まれている傾向はあるようです。

――ケアの必要な方がお出かけをする際、どういった準備が必要なのでしょうか。
坂野:
どの程度の医療度と介護度なのかで変わりますが、重度の方であれば主治医の診療情報提供書、看護師が医療行為をするための指示書を準備していただくことがあります。というのも、ご家族の方が思っていらっしゃる介護状態と、実際のお身体の状態が異なることがあるんですよね。

大﨑:
具体的に必要なのは、移動、食事、排泄の介助です。ReTabyでは医師・看護師・介護士・介護タクシードライバーの一括手配サービス「そい旅サポート」を提供しています。事前にしっかり打ち合わせを行い、必要であれば現地へ向かい下調べも行います。そして当日は資格を持つプロの介助が受けられるので、ケアが必要な方はもちろん、同行される方も安心して旅行を楽しんでいただけます。

――お出かけを諦めていた方にとって希望となるサービスですね。
坂野:
はい、ただ医師は普段こうした介助をしているわけではないので、私は旅先でほとんど役に立ちません。よって、医療現場で看護・介護付き旅行サービスの存在について周知し、通院中・闘病中の方も旅行を諦めないでほしいと発信し続けることが自分の役割だと感じています。私も母が脳出血で倒れ車いすユーザーになるまでは、看護・介護付き旅行サービスの存在を知りませんでしたので。

医師として患者さんに「旅行を楽しまれてはいかがですか」なんて勧めていたのですが、いざ実行するには準備や手配すべきことが盛りだくさんで、同行者へお願いすることも多く、気軽に行けないですよね。なので、まとめて解決できるサービスがあれば助かると思い「そい旅サポート」を始めたのです。

お出かけの予定があると、行く前や行った後にもポジティブな影響が

――シニアのお出かけや旅行に関する印象的なエピソードはありますか?
坂野:
以前、大阪・関西万博へ簡単に行けない方の参加を実現するユニバーサルツーリズムプロジェクトへ参加しました。そこで通院中の患者さんと老人ホームなど施設入所の方に、1970年の大阪万博の思い出を聞く動画の撮影へご協力いただいたのです。

ある90代の女性は「そんな50年も前のこと、覚えてないわ~」と謙遜されつつ、次から次へと当時のエピソードをお話しくださるんです。そして「こんなお婆ちゃん撮っても意味ないで~」と言いながら、キレイにメイクしてご登場くださって。お1人あたり10分の撮影予定が3~40分も楽しくお話しいただき、その記憶力に驚いたものです。最後に今回の万博に行きたいかをおたずねすると「行きたいけど行けるかな」「連れて行ってくれるなら行きたいわ」と答えてくださいました。

――そういう方にReTabyのサービスは寄り添ってくれるのですね。
坂野:
そうですね。万博参加を希望された脳出血の後遺症で車いすユーザーとなった利用者さんには、お昼からの数時間と夜からの2回、優先レーンをフル活用して楽しんでいただきました。行く予定を立ててから帰ってきてまでも、ずっとワクワクする気持ちや心の張りが続いていたので、非常にいい刺激を受けとっていただけたようです。

お出かけ前は準備でご本人も頭を使いますが、ある論文では、旅行体験が認知症予防になる可能性が示唆されています。帰宅後も「行ってよかったな、楽しかったな」と思い出して周りに話し、次はどこに出かけようかなという気持ちになる。万博へ行くことで心がぐっと前向きになり、まさに利用者さんにとって大きなモチベーションとなったようです。

――お出かけすることの狙いは他にもあるのでしょうか。
坂野:
施設へ入居するほど介護度は高くないけれど、自力では遠出しにくいシニアの方は結構いらっしゃるんですよね。そういった方は、自宅で過ごされている時間が長く、頭を使ったり、身体を動かしたりする機会がとても減っています。こういったシニアがどんどん外出すると、フレイル(加齢により心身が老い衰えた状態)予防に寄与できます。

旅が生きがい、お出かけが好きっていう方はとても多いです。だからシニアだけではなく通院中・闘病中の方が頻繁に外出されることは、ご本人の治療へのモチベーションアップ、そして健康寿命の延伸へつながることが期待できるんです。

収益が上がるシステムを作り、ユニバーサルツーリズムを浸透させたい

――これからReTabyのサービスをどのように進めていきたいですか?
坂野:
医療従事者の中には、患者さんのお出かけや旅行へ付き添うボランティアをされている方がいらっしゃいます。ReTabyを始める前、私もボランティアで外出支援をしようかなと友人に相談したところ「それでは、自分が対応した数しか支援を届けられないよ」と言われ、ハッとしました。

高齢化社会を迎えた今、誰もが旅行を楽しめるユニバーサルツーリズムを広げることは社会課題でもあります。これはビジネスベースで解決すべきで、ボランティアやNPOに依存していると今後続かないでしょう。本当に大事なのは、看護・介護付き旅行サービスが収益化できる「システム」を作ることなのだと考えています。

大﨑:
ある程度仕事として回る前例がないと、後に続く人が出てこないですよね。ビジネスとして成り立つことが周知されたら、日本中に私たちのような事業者がもっと増えるはずです。

坂野:
これだけ高齢化社会が進んできているので、シニアにどんどん旅行してもらい消費していただくことは、日本経済を回すためにも重要です。そしてReTabyでは、付き添い看護師や介護士、介護タクシードライバーのみなさんへ報酬が支払われる仕組みを整え、サービスの持続性にもしっかり配慮したいです。

――今後のビジョンを教えてください。
坂野:
ゆくゆくは自治体の観光課と一緒に、地域の魅力向上や地方創生へつなげたいですね。医療・看護と観光・ウェルビーイングは、さまざまな専門家の協力が欠かせない複合領域です。そして私たちの看護・介護付き旅行サービスは、ここを横断的に統合できるのです。

大﨑:
例えば、観光地や宿泊施設など受け入れ側の不安を払拭できるよう、配慮すべきポイントやノウハウはReTabyがコンサルティングします。そして同行する付き添い看護師や介護士が行うケアの内容をお伝えすることで、受け入れ側も安心してお任せいただけるでしょう。当社には旅行のプロと医療・介護のプロがスタッフにいますので、一気通貫でサポートが可能です。

坂野:
看護・介護付き旅行サービスが広がることで、シニアや通院中・闘病中の方だけでなく、関わるご家族やご友人など誰もが安心してお出かけできる社会になるでしょう。医療が発達し高齢化も進む中、これからますます多くの方が病気や障がいと長く付き合わねばなりません。だからこそ、旅行の楽しさそして自分の生きがいを諦めなくていい世の中にしたいですね。

 


【 Profile 】

坂野 恵里(ばんの えり)さん

2006年大阪大学医学部医学科卒業、2018年近畿大学医学部大学院博士課程修了。泉大津市立病院初期臨床研修修了後、泌尿器科診療に従事。米国インディアナ大学研究員、近畿大学病院泌尿器科勤務を経て、大阪府下の病院で診療を続けながら、2024年5月株式会社ReTaby設立。近畿大学医学部非常勤講師。LED関西2024ファイナリスト。
資格:日本泌尿器科学会専門医・指導医、透析専門医、がん治療認定医、日本旅行医学会認定医

 

大﨑 麻佐子(おおさき まさこ)さん

同志社女子大学英文学科卒業。旅行添乗員として50ヵ国以上巡る。肺がんサバイバーでもある。2023年外出付き添いサービス『さちたび屋』開業、同年そいたびプロジェクト参画。2024年5月株式会社ReTaby取締役就任。
資格:総合旅行業取扱管理者、介護福祉士、総合旅程管理主任者、大阪府移動支援従事者研修終了(全身性)、日本旅行医学会認定介護士/添乗員

 

ReTaby(リタビー)
https://retaby.co.jp/