アレルギーがある方もない方も“同じお皿の上で”美味しいものが食べられる社会へ
食物アレルギーを持って生まれると「食べたいものを自由に選べない世界」で暮らすことを余儀なくされます。神戸と西宮でアレルギー対応事業を手掛けるMutter(ムッター)の武市圭さんは、食物アレルギーを持つ2人のお子さんが安心して食事を楽しめるカフェとテイクアウト専門店を立ち上げ、冷凍自動販売機の設置にも取り組んでいます。アレルギーがあってもなくても、みんな笑いながら同じお皿のものを食べてほしい、そんな想いを抱く武市さんが目指す社会についてお話を伺いました。
娘たちが「あれ食べたい」「これ買って」と自由に言える場を提供したい
――娘さんたちと外食する際、どのようなことに配慮されていますか?
娘2人は卵・乳・小麦・えび・ナッツ類がNGです。よって外食時は「食べられるメニューはありますか?」「〇〇を避けてもらうことは可能ですか?」などを、都度お店の方へ確認します。ですが店員さんが難色を示したり、食べられるものが無かったりすると私も落ち込みますし、娘たちが「私のせいで、お母さんやお店に迷惑をかけている」と心を痛めないよう配慮する必要もあります。
そもそも外食は、アレルギー情報の提供が義務付けられていません。今でこそ大手外食チェーン店が情報を提供していたり、アレルゲンフリーメニューが選べたりできるようになりつつありますが、未だに外食へのハードルはとても高いです。
――娘さんたちとの外食で印象に残っている出来事をお聞かせください。
私はパティシエ志望の姉が作るケーキをよく食べていたことから、舌は肥えている方だという自負があります。ある日、娘たちとアレルゲンフリーのお店で食事をしていました。私の中では正直そこまで美味しいと思えなかったお料理について、2人は初めて口にするメニューだったこともあり「美味しい!」と大喜びしていたのです。
私は、娘たちがこの味で満足しているという事実にショックを受けました。そして、世の中には美味しいものがもっとあることを私が伝えなければと痛感したのです。「大丈夫、ママがあなたたちへもっと美味しいものを作るから」と。
日本では、5〜10%の子ども達が何かの食物アレルギーを持っていると言われています。そんな子たちが食に対してちょっとだけわがままになれて「あれ食べたい」「これ買って」と言える場を作ること、これが私の使命だと思っています。
店頭で「アレルゲンフリー」を前面に出さない理由(わけ)
――お店の看板に「食品アレルギー対応」などと表記していないことに少し驚きました。
神戸魚崎にある『Cafe Mutter』では、卵・乳・小麦を使ったメニューと、アレルゲンフリーメニューのどちらも提供しています。西宮のケーキ&デリテイクアウト専門店『CAKE&DELI Mutter』では、8大アレルゲンとナッツ類は不使用です。ですが、どちらのお店でもアレルギーに対応していることを店頭でアピールしていません。よって、カフェは8~9割がアレルギーのないお客様にご利用いただいています。
私たちが店頭で「卵・乳・小麦不使用です」とアピールすることはカンタンなのですが、こうすると一般のお客様は入店されなくなります。おそらくは、自分と無関係のお店と判断されたり、アレルゲンフリーメニューへ“美味しさは二の次”のようなイメージを持たれがちだったりするからかもしれません。そして当事者たちは「私はアレルギー持ちだから、アレルギー対応のお店へ来ているんだ」と負い目を感じてしまうんです。
ですがMutterが目指すのは、美味しいお店へ家族や友人と行って共に食事を楽しむという、ごく当たり前の日常を提供すること。だからここでは「食品アレルギー対応店」という看板は掲げないと決めました。アレルギーの無い方が食べても美味しいメニューを、自信をもって提供していますので。
――あえて線引きはされていないのですね。
そもそも、アレルギーを持つ方やそのご家族は食べる物が命と関わってくるので、しっかり調べた上でお越しくださいます。なので、店頭でアピールせずともMutterがアレルギー対応していることは伝わっていますし、私たちのスタンスにも共感していただいているようです。
『Cafe Mutter』には今日が初めての外食だという方が大勢来店されますので、私どもも慎重にヒアリングし、おすすめをご案内します。食べていただくと涙ながらに喜んでくださることが多く、このお店を作って心の底からよかったと感じています。
わが子がアレルギー持ちだからといって親は負い目を感じすぎないで欲しい
――カフェでの会話で、印象に残っているエピソードはありますか?
先日は食物アレルギーのある20代前半の女性が、関東からの帰省前に立ち寄ってくださいました。接客中、好きなものを自由に食べられない子を持つ母親の気持ちの話になったので「あなたはお母様に対してどう思っているの?」とたずねたのです。
すると「母は、自分のせいで娘が苦労していると誤解しているみたい。でも誰のせいでもないし、私は何も思っていないんですけどね」と答えてくれました。その後、初めてお母様とアレルギーについて話ができたというメッセージが届いてとても嬉しかったですし、私たちのカフェがご家族と向き合う1つのきっかけになれたことを光栄に感じました。
私も含めて「自分のせいで、この子は将来どうやって生きていくんだろう」と心配している親は多いと思います。ですが当事者である子ども達は意外とフラットに捉えていること、そして親側が重く受け止めすぎかもしれないことも知れるなど、新たな気付きを得ることができましたね。
自動販売機で食べ物を買うことは一種のアトラクション
――冷凍自動販売機での販売にも取り組まれていますね。
Mutterは、コンタミネーション対応(アレルゲンを完全排除、持ち込まない)の工房を持っています。工房で使う全備品は、目に見えない汚染を避けなければなりません。よってオーブンや冷凍庫も全て新品で揃えるなど、かなり思い切った先行投資を行いました。
そして、この工房で作ったアレルギー対応食品をカフェ以外で買えるようにしたいと、西宮の医療モールでテイクアウト専門店『CAKE&DELI Mutter』を始めました。アレルギー当事者の方に、ショーケースにずらっと並ぶお菓子の中から好きなものを選ぶ体験をしてもらいたかったんです。
ですが、思春期になった長女が「お店で買いたくない人も、きっといるよね」とつぶやいたのです。アレルギーのことを人に話したくなくて、接客を負担に感じ、足が遠のく方はきっといるはず、と。そういう方たちに寄り添えるのが、冷凍自動販売機だと私は考えました。人と話さず購入でき、誰かに見られたくないなら夜中に立ち寄ってもらえます。
また、食物アレルギーを持つ方たちにとって、自動販売機で食べ物を買うことはアトラクションとなります。というのも、当事者は食品表示がチェックできない状況で飲食物を買うことを避けるから。ちょっとしたイベントの1つとして、好きなものを選んでボタンを押したら美味しい食べ物が出てくる体験ができるなんて素敵!と思えたのが、自動販売機設置に向けたモチベーションでした。
世界一優しい自動販売機のことを多くの人に知ってほしい
――2025年はクラウドファンディングへ挑戦されたとお聞きしました。
あらゆる物の価格が高騰し、原材料の仕入れなどが年々難しくなっています。よって、Mutterの商品を今後も安定してお届けできるようクラウドファンディングを始めました。そしてネクストゴールとして、冷凍自動販売機の増設を目指しています。
日々、お客様からは販売拠点をもっと増やしてほしいというお声をいただきます。ただし全国で店頭販売するには、スタッフにもアレルギーの専門知識が必要です。よって安定的に商品をお届けする手段として、今は冷凍自動販売機を増やすことが最も現実的で、かつ安全だと考えました。
加えて、街中で冷凍自動販売機を見かけた人が「これ、何の自販機だろう?」と興味を持って欲しいという狙いもあります。調べたことをきっかけに、アレルギーがある方もない方も美味しく食べることができて、身体に良くて見た目も可愛く、環境に優しい食品があることに気づいてもらいたい。私たちは“世界一優しい自動販売機”として設置していますが、Mutterのことを知ってもらうアイコン的存在になって欲しいです。
誰とでも分かち合える新しい食「フェアフード」がお店に並ぶ社会へ
――Mutterの活動を行う中で課題に感じていることはありますか?
私たちの商品が、今は食物アレルギーを持つ方にしか届いていないことをもどかしく感じています。というのも、8大アレルゲンやナッツ類を使わない食品がどこでも買えるようになると、アレルギーの枠を越え、宗教上の理由や健康嗜好から動物性食品を避けている方など、多様な食生活を送る方がより生きやすくなるのではないでしょうか。
――そういった想いもあって「フェアフード」という価値観を提唱されているのですね。
はい。私たちは「食べたいものを選べない世界をなくす」ため、すべての人が同じお皿の上で毎日楽しく食事をする世界を目指しています。よって、アレルギーや制限があってもなくても、誰とでも分かち合える新しい食のあり方として「フェアフード」という新しい価値観を掲げました。
現在、食の多様性を持つ人たちがいつでもどこでも「フェアフード」の商品を手に入れられるよう、さまざまな企業とプロジェクトを進めています。誰もが笑って食卓を囲める、未来の“社会インフラ”を作る活動に全力でチャレンジしていますので、ひとりでも多くの方に応援していただきたいですね。
【 Profile 】
武市 圭(たけいち けい)さん
食物アレルギーに対応した『Cafe Mutter』『CAKE&DELI Mutter』のオーナー。食を取り巻くフェアフードプロデューサー。2017年3月 『Cafe Mutter』(神戸市東灘区魚崎)オープン。自身の娘2人が食物アレルギーを持っているため、独学でアレルギー対応食の勉強を始める。その後、日本の至る所の料理人やパティシエを訪ね、師事し、オリジナルレシピを開発。2022年9月『CAKE&DELI Mutter』(西宮市東町)オープン。卵・乳・小麦不使用の食物アレルギー対応専門店を立ち上げる。LED関西2024ファイナリスト。
https://cafe-mutter.com/
https://www.instagram.com/cafemutter0313/