「読経」のすすめ

ー自分の心と向き合う時間ー

長い冬ももうすぐ終わり。とはいえ、まだまだ寒い日が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか? 
今回は「読経」について、お伝えしていきたいと思います。
まず、日本で一番ポピュラーな仏教のお経と言えば、やはり、「般若心経」でしょう。

262文字の比較的短いお経ですが、皆様も人生の中で1度はお聴きになられたという方も多いのではないかと思います。
私はお寺で生まれ育ちましたので、小学生頃から、学校に行く前に必ず般若心経を読んでから出掛けておりました。ですので、日常の中に般若心経が当たり前にある生活を送っておりました。
子供の頃って覚えるのが本当に早くて、普段から父の読経を聴いていたせいか、気がつけばいつの間にか、般若心経を覚えておりました。それで最初の頃は、自分から率先して唱えていたと思うのですが、思春期頃になりますと、残念ながら「なんで朝からお経を読まないといけないのだろう。めんどくさいなあ、、」としか思えておりませんでした。(お恥ずかしい限りです。)
その後、大学に行ってからは案の定、毎日朝一に読むことはなくなり、お盆などで実家に帰った時だけ唱えるくらいでしたので、仏門修行に入るまで、般若心経は私の日常から完全に消え去っておりました。
今を思えば、恐らく、覚えたての小学生時代が、一番素敵なお経を読めていたのかもしれません。雑念など全くない、ただただ無心に、「般若心経」の音と寄り添う読経ができていたのではないだろうか。

そんな若かりし頃に「般若心経」に対して失礼な発言をしておりました私ですが、2016年より、般若心経など仏教経典を音楽アレンジする活動をスタートしまして、今日に至っております。
なぜ、このような活動を始めたかというと、きっかけとなった出来事が大きく2つございます。
まず、1つ目は、修行時代の読経体験です。僧堂(修行道場のことを言います。)では、だいたい10名から20名ほどの修行僧が共同生活をしております。その中で、だいたい朝と夜には必ずお経を読む時間があります。今まで、基本的には1人でしか読んだことがなかったので、修行の時、全員で読んだ時の声の重なりに、背中を押されるような感じで、胸が熱くなりました。「法堂」と呼ばれる大きなお堂で読経した時は特に印象的で、自分の声と他の声が反響し、混ざり合い、一つの声となってまた自分の耳に入ってくる独特な荘厳さの中、読経していたのを今でも鮮明に覚えています。その後、ふと思い浮かんだイメージは、教会で歌うゴスペルだったというのも面白い話です。
改めて、宗教と音楽は古くから密接に関わり続けているということと、人の声の力、、、「声」は「心」を動かすことができるということを実感した瞬間でした。そこで、その時の感覚を自分1人で再現することはできないだろうかと思い立ち、般若心経にハーモニーをつけて自分の声を様々な音の高さで多重録音し、「般若心経 cho ver.(コーラスバージョン)」を制作いたしました。
もう1つの理由は、日常の中に自然に「般若心経」を取り入れていくことはできないか?という思いからでした。
自分自身が、子供時代に毎朝、般若心経を読むということを経験し、結局、めんどくさいとしか思えなくなっておりましたが、後々振り返ってみると、僅か3分ほどのあの時間は、心を整えて1日を始めていくために、大きな意味を持っていたのではないか。
しかし、「読経」というものをいきなり日常生活の中に取り入れるというのは、今の時代ではなかなか難しく、ハードルが高い。そこで、音楽とともに般若心経を聴いていただけるようなサウンドなら何気ない時間にBGMとして聴いてもらえるかもしれないということで、上記のコーラスバージョンに、ギターやパーカッションなどの楽器を乗せて、今ある形となりました。
「祈る」、「拝む」、「唱える」。これは、恐らくどれも私たち人間にしかできないことです。例えば、初詣で神社にお参りに行くことも、法事でお経を聴くことも、仏壇の前で「南無阿弥陀仏」と唱えることも、何を信じるか以前に、私たちはその時間が、生きていく上でかけがえのないものであるということを潜在的に感じているのだと思います。
また、「読経」以外にも仏教には座禅などの「瞑想」、「作務」など様々な修行方法がございますが、本質的にはどれも同じ方向に向かっているものと思います。
やはり、それらは全て、自分の心と向き合う時間なのです。

日常が情報でどんどん埋め尽くされていく中で、効率よく過ごしたいという考え方に偏りがちな今の時代ですが、「祈る」、「拝む」、「唱える」等、その他様々な方法で、心に隙間を作っていくことが、私たち「人」が、「人」らしく生活していける秘訣なのではと思います。

Profile

薬師寺 寛邦 キッサコKanho Yakushiji
•僧侶であり音楽家。
•今治市臨済宗・海禅寺の副住職。

1979年生まれ。僧侶であり音楽家。今治市臨済宗・海禅寺の副住職。
般若心経に声を重ねアレンジしたアルバム「般若心経」を2018年にリリース。
今までに関連動画再生回数は、YOUTUBEや中国などのSNSで累計5000万回再生を超える。
アジアでの大反響を受け、2018年・2019年とアジアツアーを開催。
約2年で1万人以上の動員を記録する。
日本からアジア、そして世界へ、縁を繋ぎ、仏教を音に乗せ、伝え続ける。